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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)727号 判決 1984年9月27日

千葉県浦安市今川二三―五

原告

村松正喜

右法定代理人親権者

村松喜平

村松昌子

右訴訟代理人弁護士

小川敏夫

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

岩谷久明

荻野譲

江口厚太郎

松村武志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金七四五円及びこれに対する昭和五八年一一月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五七年七月八日、訴外技研興業株式会社(以下「技研興業」という。)から九万七五〇〇円の配当を受けたが、その際、一万九五〇〇円を所得税(以下「本件所得税」という。)の源泉徴収として徴収された。

2  原告は、原告の同年度の所得は、右の配当金だけであり原告の所得税債務は発生しなかつたとして、市川税務署長に対し昭和五七年分所得税の確定申告を行い、右源泉徴収税額一万九五〇〇円の還付金(以下「本件還付金」という。)の支払を求めたところ、昭和五八年四月五日付けで同署長より同金額の還付金支払通知を受け、その後これにより、還付金の支払を受けた。

3  しかしながら、原告は、本来所得税債務がないのにかかわらず、一万九五〇〇円の徴収を受け、その半面、被告は本来所得税債権がないのにかかわらず、右還付通知までの間、右源泉徴収税額金を所得税に充当するため保管した。よつて、原告が源泉徴収を受けた昭和五七年七月八日から、還付金の支払通知を受けた昭和五八年四月五日までの間、被告は、法律上の原因なくして右源泉徴収税額金を不当利得したものである。

4  被告は、課税最低限度額以下の所得者に対しては所得税債権が発生しないことを当然承知しながら、課税最低限度額以下の所得者も含め一律に源泉徴収を行うことを徴収義務者に強制しているのであり、従つて、所得税債権が発生しないことも予見しながら源泉徴収を行つているのであるから、右に述べた不当利得の発生を予見しているものであり、被告は、右不当利得について悪意の利得者にあたる。そして、右源泉徴収の行われた日から本件還付金返還までの間、原告が奪われ、被告が得た源泉徴収税額金の運用益は、右税額について民法所定年五分の割合で算出される金額である。

5  よつて、被告は、右不当利得金一万九五〇〇円について、利得の日である昭和五七年七月八日から還付通知の日である昭和五八年四月五日までの間民事法定利率年五分の割合による利息金を付して原告に返還すべきところ、その利息金分の支払をしないので、原告は被告に対し、その支払と、これに対する訴状送達の翌日である昭和五八年一一月八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁及び被告の主張

請求原因第1、第2項は認め、第3、第4項は否認し、第5項は争う。

1  本件所得税の徴収並びに還付はすべて法の定めるところにしたがつてされたものであり、法律上の原因なくしてされたものではない。

(一) 本件所得税は、技研興業が、昭和五七年七月八日原告に対して支払つた配当金九万七五〇〇円に係るものであり、同社が、同日所得税法一八一条一項、一八二条に基づき一万九五〇〇円を源泉徴収し、翌月これを被告に納付した。

(二) 原告は、確定申告期限内である昭和五八年三月一二日、市川税務所長に対し、総所得金額九万七五〇〇円(配当所得)、源泉徴収税額一万九五〇〇円と記載した昭和五七年分の所得税確定申告書を提出した。

なお、右確定申告書は所得税法一二二条一項前段の規定に基づき提出されたものであり、同法一二〇条一項六号に規定する「控除しきれなかつた金額」が、一万九五〇〇円であるとしてその還付を求めるいわゆる還付申告書である。

(三) 税務署長は、納税者から確定申告があつた場合において、源泉徴収税額のうち控除しきれなかつた金額等があるときは、これに相当する所得税を還付し(所得税法一三八条一項)、その場合において、還付すべき金額に年七・三パーセントの割合による加算金を付して還付する(国税通則法五八条)。そして、確定申告書がその確定申告期限までに提出された場合において、還付加算金を計算する場合の計算の基礎となる期間は、その確定申告期限の翌日から還付のための支払い決定をする日までの間とする(所得税法一三八条三項一号)。

(四) 本件についてこれをみると、還付金の計算の基礎となる期間は昭和五八年三月一六日から還付のための支払い決定をした同年四月五日までの二一日間となり、本件所得税は一万九五〇〇円であるところ、還付加算金の額を計算する場合において、還付金の額に一〇〇〇円未満の端数があるときは、その端数金額を切り捨てる(国税通則法一二〇条四項)から、本件所得税に係る還付加算金は、次のとおり七九円八〇銭となる。

(還付金) (期間) (加算金の率7.3%) (還付加算金)

<省略>

そして、還付加算金の確定金額が五〇〇円未満であるときは、その全額を切り捨てる(国税通則法一二〇条三項)から、本件所得税の還付加算金は〇円となる。

(五) そこで、市川税務署長が前記のとおり還付のための支払決定をした昭和五八年四月五日、原告に対して本件所得税の還付金額が一万九五〇〇円である旨を通知したところ、原告は、これをうけて、同月一三日右還付金を受領した。

(六) 従つて、本件所得税の徴収及び還付は、すべて適法になされたものである。

2  本件において、民法を適用して民事法定利率年五分の割合により計算した「運用益」を返還しなければならないとする根拠は存在しない。すなわち、

(一) 国税通則法五六条に規定する「還付金」は、国税を還付することが税負担の公平を図る上において適当と認められるような場合(例えば、本件のように、源泉徴収という実体規定に基づき徴収した予定的な所得税の額が確定的な所得税の額、いわゆる年税額を超える場合)や主として政策的理由に基づき認められる場合に各税法の規定するところにより特に納税者に付与された公法上の金銭請求権である(この意味において私人間の経済的利害の調整を目的とする民法上の不当利得の性質を有するものではない。)また、右の場合、課税根拠自体は有効に存在するのであるから、有効な課税根拠に基づいて徴収した税金が不当利得となるいわれもない。ただ、右の還付金の制度は、租税負担の公平と税法特有の技術的、画一的処理の要請から民法の不当利得の規定の適用を排除する趣旨で右のような特別規定を設けたものである。従つて、右特別制度の趣旨からすれば、本件には、民法七〇三条以下の不当利得に関する規定は適用されないものと解するのが相当である。

(二) すなわち、所得税法一三八条一項は、確定申告書の提出があつた場合において、当該申告書に一二〇条一項四号若しくは六号(源泉徴収税額等の控除不足額)又は一二三条二項六号若しくは七号(源泉徴収税額等)に掲げる金額の記載があるときは、税務署長は、当該申告書を提出した者に対し、当該金額に相当する所得税を還付する。」と定め、また、国税通則法五六条は、「国税局長、税務署長又は税関長は還付金又は国税に係る過誤納金(以下「還付金等」という。)があるときは、遅滞なく、金銭で還付しなければならない。」とし、更に、同法五八条は、その本文において、「国税局長、税務署長又は税関長は、還付金等を還付し、又は充当する場合には、次の各号に掲げる還付金等の区分に従い当該各号に掲げる日の翌日からその還付のための支払決定の日・・・・(中略)・・・・までの期間(他の国税に関する法律に別段の定めがある場合には、その定める期間)の日数に応じ、その金額に年七・三パーセントの割合を乗じて計算した金額(以下「還付加算金」という。)をその還付し、又は充当すべき金額に加算しなければならない。」と各規定している。

そして、所得税法一三八条三項本文は、「・・・・還付金について還付加算金を計算する場合には、その計算の基礎となる国税通則法五八条一項(還付加算金)の期間は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に掲げる日(括弧内省略)の翌日からその還付のための支払決定をする日・・・・(中略)・・・・までの期間とする。」と規定し、その一号で「一項の確定申告書がその確定申告期間までに提出された場合その確定申告期限」と定めているところ、右各規定にかんがみれば、国税通則法及び所得税法は租税に関する還付金及び過誤納金の還付(還付加算金を含む)に関しては、右各規定を民法の特則として専らその定めるところに従いなされるべき旨を定めたものであり、民法七〇三条以下の不当利得に関する規定の適用を排除する趣旨であると解するのが相当である。

(三) 右にみたとおり、所得税法一三八条は、還付金について還付加算金を計算する場合には、その計算の基礎となる期間を本件事案についていえば、確定申告期限の翌日から還付のための支払決定をする日までの間とする旨定めているものであるところ、同法及び関連法令上原告が主張する運用益なる金員を還付する旨を定めた規定は存在しないものである。

三  被告の主張に対する原告の答弁及び反論

1  被告が本件所得税の徴収及び還付を被告が主張する所得税法及び国税通則法の規定に基づいて行つたことについては争わない。

2  被告は、「国税通則法五条に規定する還付金は、各税法の規定するところにより特に納税者に付与された公法上の金銭請求権であるとし、(中略)民法の不当利得の規定の適用を排除する趣旨で右のような特別規定を設けたものであり、(中略)本件には、民法七〇三条以下の不当利得に関する規定は適用されないものと解するのが相当である。」とするが、誤つた見解であり、また、不当利得が私人間の経済的利害の調整を目的とするものであるとも論じているが、この論旨が、私人と国との間には不当利得の適用がないという趣旨であるなら誤りである。すなわち、国税通則法五六条についていえば、仮にその規定する還付金の規定がなかつた場合を想定してみると、容易に判断がつくことである。国は、本件原告のように、その者が租税債務(所得税債務)を負担するか否かに拘らず、その者が収入を得た際に、その者の得るべき収入から一定割合による金額の源泉徴収を行い、後の所得税納付の際の納付に充てることとしているのであるし、それは同時に所得税の納付に充てる目的のみによつて源泉徴収が行われていることを意味するものである。源泉徴収額が所得税額を上回らない場合には源泉徴収額の全額が所得税に充てられるので返還問題は生じない。しかしながら、源泉徴収額が所得税額と比較して余剰が出た場合は、余剰となつた徴収金は徴収の目的を喪失するから、国は当然その余剰金額を返還する義務を負うことになる。所得税の納付の必要がないものについては同様に源泉徴収額の全額を返還すべきこととなる。源泉徴収が所得税に充てることのみを目的として行われている以上、所得税に充てる目的が喪失されたときにこれを返還すべきことは当然だからであり、これを返還しなくてもよいとする議論は存在しないであろう。まさに、不当利得返還の典型的形態である。被告は、還付金を国が特に国民に付与した権利、つまり国の国民に対する恩恵的行意であるが如く説明するが、国民を納得させうる説明ではないし、法論理的にも明白な誤びゆうである。とどまるところ、被告は、不当利得として返還すべき余剰源泉徴収金の返還を還付と称しているだけのことであつて、不当利得返還金を還付金と名付けたからといつてその法的性質が変化するものではない。

従つて、還付金の制度があるから民法七〇三条以下の不当利得に関する規定は適用されないとする被告国の主張は採用することができない。というよりも、還付金の問題は不当利得の問題そのものであるといえよう。

ところで名古屋高裁昭和五二年六月二八日判決は、本来的には不当利得の適用があるものの、所得税法上の救済措置が存在する場合には、先ずその救済措置による救済を求めるべきであり、これが可能であるのにこれをしなかつたために税法上のに救済が受けられないこととなつた者は原則としてさらに不当利得等による別途の請求もなしえないと判じている。この論旨に従つて本件を検討すると、本件請求にかかる返還金の利息については所得税法上の救済措置が存在しないので、結局は不当利得論によつて解決すべきしかないことに帰着する。

つまり、とりあえず所得税法の規定を考えずに不当利得の規定だけによつて、源泉徴収資金の返還問題を検討すると、国は、源泉徴収にかかる資金を不当利得として当然被徴収者に対し返還するのは勿論であるし、これに加えて国は、不当利得の発生(返還義務の発生)を予見しながら徴収を強制的に行つている者であるから民法でいうところの悪意の受益者に該当するので、国は被徴収者に対し、源泉徴収の日から返還の日まで民事法定利率に従つた年五%の利息を付して返還すべきことになる(民法七〇四条)。

一方、所得税法の規定に従えば、国は、所得税に充当しなかつた源泉徴収資金は還付金として還付すると規定し、源泉徴収にかかる資金の元本自体の返還については、民法の不当利得の規定と全く同内容の救済措置を講じている。然しながら、利息金の取扱いについては民法の不当利得とは異なる内容の規定を定め、法定納期限以後に限つて、返還(還付)の日まで還付加算金と称する年利七・三%の利息金を付して民法の不当利得の規定よりも国民に有利な救済規定を定めながら、法定納期限以前については何等の救済規定を設けず放置しているのである。

以上のとおり、源泉徴収の日から法定納期限までの間の利息金については、所得税法上の救済規定が存在しないから、国民は国に対し、民法の不当利得の規定の適用によつて救済を求めることになるところ、前記のとおり、国は悪意利得者であるから被徴収者である国民に対し、利息金を支払うべき義務を負うものである。

四  最後に源泉徴収の性質に触れると、源泉徴収は、ある年度に発生した所得について、翌年三月一五日を申告期限とする申告所得税に充当するため、国が支払者をして天引せしめてこれを国に納付させるものであり、所得税それ自体ではなく、所得税に充当するために徴収し、所得税の納期限までその資金を国が保管する制度である。従つて、源泉徴収にかかる資金は所得税に充当するまでは所得税ではないし、租税の性質も持ち合わせてはいないものである。しかるに被告は、源泉徴収資金が所得税であると即断し、「本件所得税につき課税根拠自体は有効に存在するのであるから、有効な課税根拠に基づいて徴収した税金が不当利得となるいわれはない。」として、原告の主張に対し反論しているのである。被告は、源泉徴収資金を所得税と混同したものであろう。

理由

一  請求原因第1、第2項については当事者間に争いがない。

二  被告が本件所得税の徴収及び還付を、請求原因に対する答弁及び被告の主張記載のとおり、所得税法及び国税通則法の規定に基づいて行つたことについては、当事者間に争いがない。

三  ところで、本件所得税の徴収から還付に至る手続が、右のとおりそれ自体として、所定の法規に基づき適法に行われた以上、被告が源泉徴収をした日から本件還付金の支払通知をするまでの間右源泉徴収額を返還しなかつたことや、返還に際し民法所定の利息を付さなかつたことが、被告において法律上の原因なくして利得を得たことになるとは云い難い。

原告は、本件還付金の性質について、源泉徴収額がその年の所得税の額を超える場合に、その超える部分に相当する金額を、国が還付金として返還するものであるから、還付金額に相当する源泉徴収額は所得税そのものでなく、租税としての性質も有せず、不当利得の性質を有するものであるとし、右還付金の返還の際には、民法七〇四条に基づき利息を付すべきものであると主張するが、源泉徴収額が、所得税法上の所得税にあたることは明文上明らかであり、(所得税法一三八条一項)そうである以上、右法規に基づいて適法に行われた右源泉徴収は、法律上の原因を有するものであつて、そのことは、右所得税法の規定をはなれて源泉徴収の性質を論じることによつて、左右されるものではないというべきである。

従つて、あえて被告が民法の規定を適用してまで本件還付金に民法所定の利息を付さなければそのことによつて、右利息額相当の金員について、被告が法律上の原因なくして利得したことになるとする根拠は、見出し難い。

四  よつてその余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田亮一)

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